君の名は


泣いているのか 笑っているのか うしろ姿の すてきなあなた


(歌:ハニー・ナイツ/作詞:池田 友彦/作曲:小林亜星


ebaponが研究している親鸞聖人の主著『教行信証

その草稿は稲田御坊(西念寺)で作成されたという。

親鸞の壮年期の大部を(40代半ばから20年間)妻子と共に過ごされた地でもある。

後にその西念寺には親鸞の妻、恵信尼像が二体安置されていたそうである。




恵信尼が亡くなった数年後の建治2(1276)年、諸国行脚していた一遍上人はその秋豊後の国「河直(後の鉄輪)」に留錫し念仏の功力により、地獄原を湯治場「石湯(蒸し風呂)」へと変えた。

その徳をたたえ、帰依した大友頼秦が「湯瀧山松寿寺」を建立寄進したが、後に荒廃。



明治17(1884)年、僧河野智円が「温泉山永福寺」として再興する。



智円は師事した京都専修寺の西村法剣を顧問とし、真宗坊守校開設を目的とする

恵信尼講をはじめるに当たり、西念寺恵信尼座像一体を、寄進100円をもってして、大正四年、この地にお招きした。



ebaponの所属する研究会の特別研修会講師のI先生が、是非拝観したいとのことで、案内随行した。



座像と文書を食い入るようにみつめるI先生。


親鸞聖人御流罪の地のご出身である。



ご満足いただけたでしょうか?