やば美人

若くしてくも膜下出血でなくなったある研究生の一周忌の法事。

ebaponも研究者の端くれに名を連ねているので、いつもよりよりいっそう襟を正し、お勤めをする。

法要後のお斎(おとき)で、従兄弟たちと話していると、日頃お経をよく読むという方がいた。

一瞬、新興宗教の方かな、と思ったけれど、良く話を聞くと、大学時代、今西錦司梅棹忠夫文化人類学を研究していたとのこと。その一環で親鸞の思想も勉強されたそうだ。

テキストはと尋ねると、何と『親鸞和讃集』。地方の国立大学で、親鸞聖人の和讃を講読できるとは、とてもよいご縁である。
勉強している頃は、特に興味を持たなかったけれど、社会に出て、また人の死と出会うことで、仏教に惹かれるものを感じるようになったそう。最近は、吉本隆明の『最後の親鸞』を愛読されているとのこと。

ご親族の中に、こういう方が居られることはとても心強いことである。

一人息子を亡くした父親も、この春定年された後は地元の大学でなにか聴講する予定だそうだ。

日頃余り飲まないお父さんだそうだが、この日は、ebaponの前にでんと据わって焼酎を飲む。

ebaponは日頃焼酎は飲まないが、こういう時はだまって杯を受ける。

というか、

お父さんが手にしているのは、幻の酒、純米焼酎耶馬美人 25度。

日本酒のように美味いのである。

杯を重ねるごとに、襟が崩れるebapon。

「そういえば、息子さんは飲まなかったですよね。がははは。いや失敬、失敬」

と上機嫌になるebapon。ただの酔っぱらいである。

研究者としての敬意は、親族への配慮はいったいどこへ・・・。


寺に戻り反省するebapon

ひさびさに吉本隆明の本を読むことにする。


共同幻想論を拾い読みする。

そういえば、この本、昔ひらいたとき、すでに終わっていたことに気づいたいわくのものだった。

まったく真逆である。

彼の思想が



ではなく

上下逆に製本されている

乱丁本。