鞆ノ津

別段、ポニョにひかれて安国寺参りってことではなく、

尾道三部作ってことでもなく、)

wooさんのブログを見ていたら、そういえばponも

鞆の浦に行ってみたいと思っていたことを思い出した(笑

ところで、ponの夢はお茶室を造ること


といったところで、正式な作法に則った

茶道を窮めようという気は全くなく

ただ

井伏鱒二の『鞆ノ津茶会記』にひかれてであった。

時は、天正年間

鞆城や安国寺茶室に

安国寺恵瓊をはじめ戦国武将、坊主

本願寺ゆかりの村上水軍などが出席する

虚実ない交ぜのお茶会の記録である。


天正十六年三月二十五日、鞆ノ津城内での茶会の記録

書院に続く(足利)義昭の茶屋

 お手前 浦吉勝
 お客  梨田入道齋 手島進之助 村上左門

茶室は四畳半、床に仏通寺和尚の偈を掛けて、床柱の伊部焼花壺に白椿を活ける。

四寸の囲炉裏に霰釜、今出来の志楽水指。新しい瀬戸茶碗に道具仕入れて。

棗、瓶戸、めんつう(まげもの)、引切


 ※ここまでは普通の記録

  ponが目を見張ったのは次の記録


初め、かち栗に濃茶。足附膳に置いた土器の器に、いか、のり。

茶碗酒(次から次に幾らでも注ぐ)  ←※感動しました

新しい瀬戸の大皿に鯛の刺身。湯漬飯。桶に香の物、山椒。



こんなお茶会ponは催したいのであった。