今日の一箱

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一箱届きました

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確か全六巻だと思いますが、経費節約のため、前三巻と別巻だけ購入しました

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彼岸会で時間が無いので大急ぎで中身をチェック

ん!?

あっ、これいきなり御成敗式目から入るのね~

うーーん

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それまでは公家法だけだからなぁ

ちょっとその辺の変遷を確かめたかったんだが

法要が終わったらじっくり読んでいきます。

今日の一冊

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大型本が届きました。

たぶん小川竜彦『一枚起請文原本の研究』

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おっ、当時の輸送箱入り

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中身は二分冊されていて、上巻は「雁皮本」(下巻洋紙本)。

黒谷本の原寸大が輯録されていて圧巻。

取り扱いは全冊洋紙使用の復刊本の方が良さそうだったが、こちらを購入して良かった。

ただponが論文で扱うにはこれでは不十分。

ということで、別の本を「ぽちり」

玉日姫伝説はなぜ創作されたか4

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今井雅晴さんの『親鸞の妻 玉日は実在したのか?―父とされる関白九条兼実研究を軸に』

明確に玉日九条兼実娘説を否定している。

ponは、必ずしもそうは言えないと思っているが、それはまた別の話。

先日言及した玉日姫の墓改葬問題だが、焼骨の年代鑑定が第一であることはいうまでもない。

同じケースで発見された貞慶の遺骨は、重文クラスの壺に収められていたが、玉日姫は壺が破損していたことから改葬当時の火消し壺に移されたと推測されている。主に頭蓋骨の骨といわれるなかに鎌倉期の壺の破片でも残っていれば信憑性が増すと思うがどうだろう。

今日の2冊

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何が届いたかな?

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おっ、なかなか渋い二冊

左の井上薫さんの本は聖武周辺を調べるためだが

例の金光明経の言及はあったけれど、肝心の一文はなかった。

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右の、吉川清『時衆阿弥教団の研究』

これ、時宗だけで無く、吉水教団についても触れているので重要

前の持ち主は研究者なのか、ちゃんと初版の出版社を注記している。

助かるなぁとおもっていたら、あれまてよ

これ、今井先生の所持本じゃないか!

ってことは、初版本入手したので、こちらは処分したって事かな?

玉日姫伝説はなぜ創作されたのか3

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玉日姫実在の科学的根拠として、2012年に行われた廟所の修復に伴う発掘調査結果であるが、
「発掘の結果、幕末の墓跡から、骨壺に転用された火消し壺と玉日姫の骨と考えられる火葬骨が発見された」と報じられている。
火消し壺は江戸後期のもので、記録に残る江戸期の改葬を裏付けるものだが、問題は出土した火葬骨である。

松尾剛次は『知られざる親鸞』で次のように記している(112頁)。

ただちに、パリノ・サーヴェイ株式会社(大阪市)に骨の鑑定を依頼した。その結果は「頭蓋骨の破片が多く見られる」こと、「性別・年齢については、あまりにも小破片であったために特定することができなかった」という結果が出た。残念なことに、性別・年齢がわからないということである。

これは江戸期の改葬を裏付けるものであり、実在の科学的根拠を言うものではない。つづけて松尾は

また、火葬骨であるためにコラーゲンなどの有機物が少なく、C14などを使って、骨が鎌倉時代のものであるか否かを科学的に断定できなかった。

つまり科学的根拠も考古学的根拠も「江戸期の改葬」以外裏付けるものはなにもないといっている。特に疑問に思うのはその調査法である。「火葬骨であるためにコラーゲンなどの有機物が少なく」とあるが、通常火葬骨のカーボン14による年代鑑定は、有機物ではないはずで、どうも鑑定依頼はそこまで要求していなかったのではないか、と推測されるのである。

鎌倉期の高僧・貞慶の骨壺か 三郷町の持聖院五輪塔下から出土(2016年08月6日 産経新聞奈良支局)のニュースは記憶に新しい。

「三郷町の持聖院と元興寺文化財研究所(奈良市)は5日、同院の五輪塔下から出土した骨壺の骨を分析した結果、平安時代後期~鎌倉時代初期頃の成人男性のものと判明したと発表した。同院の前身、惣持寺を創建したともされる高僧、解脱房貞慶(げだつぼうじょうけい、1155~1213年)の遺骨の可能性が高いという」

という。玉日姫と同じ火葬骨の鑑定だが、

壺は口径約10センチ、高さ約22センチの渥美焼の陶器。残っていた骨は火葬人骨で、年代測定で貞慶の没年代を含む1147~1218年と判明した。大きさから成人男性とみられるという。

との鑑定結果が出ている。鑑定方法には

「火葬骨の炭酸ヒドロキシアパタイトを用いた 14C 年代測定」

である。有機質ではなく無機質の年代測定である。玉日姫のケースではなぜそこまで踏み込んで鑑定依頼を出さなかったのか疑問である。当時その選択肢がなかったのか、その意思がなかったのか、また選択しても鑑定不能なのか、さらに再調査を依頼する意思があるか、等を是非明らかにして欲しい。