弥勒菩薩半跏思惟像
山口益博士は、『世親の浄土論』のなかで次のように述べられている。
あの菩薩像(太秦広隆寺の弥勒菩薩思惟像)は柔和な仁慈の相好であるが
あの菩薩像の姿勢は、人間の姿勢として最も苦痛な姿勢であるという。
尤もそれは俗間で耳にした言葉であるが、その言葉は注意すべき意味をもっていると思う。
何故なればその弥勒菩薩によって象徴される、五十六億七千万年の後に成仏して
釈迦仏の後継者となるという思想は、柔和な仁慈としての還相が即ち菩薩の往相として、
還相即往相なる菩薩行の一如の相であるからである。
(同書p42)
ところで、袴谷憲昭博士は『日本仏教文化史』のなかで次のように述べている。
かつては「弥勒菩薩半跏思惟像」と呼ばれ、今はただ「半跏思惟像」と称されることが多い。
何故か?
美術史の研究が進んだ結果、その一連の彫像を「弥勒菩薩」だけに限定するのは無理である。
また、美術史家の知見によれば、その彫像に特徴的な椅子に腰掛け右足を左膝上に載せ右肘をついたポーズ(略)は
むしろ休息の楽な姿勢であって、いわゆる沈思瞑想の「半跏思惟像」ではないとされる。
(p40)
明日の研究室ではこの問題からスタートします。
乞うご期待!