おいきなさい


PONがハンセン病の問題と初めてであったのは

学生時代読んだ遠藤周作の小説からであった。


このシーンはとても印象的だ。

カトリック癩病院へ慰問へ行く信者学生。患者と交流野球をするのだが、慰問や癩病へのおそれを持つ主人公は嫌々試合に出る)


私が打者になる番がまわってきた。思いきってバットを振ると思い手応えを感じ、泥に汚れた灰色の球が遠くに飛んだ。走れと誰かが叫び、一塁を夢中で通り抜けて二塁へ駆けだした時、サードからボールを受けとった患者が追いかけてきた。二つのベースにはさまれた私は、ボールを持った癩患者の手が自分の身体にふれると思うと足がすくんだ。二塁手の抜け上がった額と厚い歪んだ脣を間近に見た時、思わず、足をとめて怯えた眼でその患者を見あげた。
「おいきなさい・・・・触れませんから・・・・」
しずかにその患者は小声で言った。

「おいきなさい、触れませんから」
あの静かな声は二十数年ぶりで頭の奥で聞こえてくる。ホテルの中は静かで、戸田は足をベッドに投げ出したまま、コップを手に持って眼をつぶっている。おいきなさい。触れませんから。

「イエスは癩者に手を触れて、何人、治したんだっけ」

(P28 遠藤周作死海のほとり』新潮社)

(写真は、まつわりついてなかなか交流館へ行かせてくれない猫)


 ※文中「癩」とあるのはハンセン病のことであるが、テキスト通りに記しています