再訳 朝鮮詩集 1

沢知恵の祖父、

金素雲の訳詩集『朝鮮詩集』

六十年後

在日の詩人、金時鐘によって再訳される。

金素雲北原白秋の門下生で

その訳業は「抒情」に貫かれている

時鐘は玄妙な素雲の文章から「抒情」を削ぎ落とし

原詩を生き返らせようとするかのようだ。



沢知恵作曲の

「こころ」 金東鳴 金素雲




わたしのこころは湖水です

どうぞ 漕いでお出でなさい

あなたの白いかげを抱き

玉と砕けて舟べりへ散りましょう





金時鐘はどう訳しているのか期待するけれど

残念ながらその詩は収録されていない。


(因みに

岩波文庫版『朝鮮詩集』は1954年出版

戦中には『朝鮮詩集「前期」「中期」』の二冊が刊行されていた。

「後期」は朝鮮総督府による原稿検閲で時局性欠如を理由に没になったそう。

最初の朝鮮詩集『乳色の雲』は1940年出版されている。)


前に紹介した岩波文庫収録

金起林「ガラス窓」

金素雲が訳すと


「ねえ ー 

わたしのこころはガラスかしら、冬空みたいに

こんな小さい吐息にも、ぢき曇つてしまふ。



触ればまるで鐵のやうで そのくせ、

ただ一夜の霜にも罅が入るもの」


おもわず女性が謳いたくなるような詩だ。

で、抒情を廃した

金時鐘では



金起林「ガラス窓と心」

なあ―

ぼくの心はガラスなんだろうか、冬空さながら

こんな小さい吐息にもすぐ曇ってしまうなんて・・・・


さわれば銑鉄(ずく)のように堅い素振りだけれど

ひと晩の霜にもあえなく罅入ってしまうのだ



※なんだかいきなり、鋳物工場の臭いがしてきそうじゃないか


そう言えば、金素雲と交流のあった詩人に

萩原朔太郎がいた


かれにも「こころのうた」がある。


(つづく)