レヴィナシアンあるいは「呪われるべき存在」4


 老師内田樹また曰く、

 独学者とはだれのことか?

 
 それは「他者」に双数的=想像的構えで立ち向かう

者のことである。

 独学者もまた異論と対話を試みるし、テキストからの

呼びかけに耳を傾けることがあるだろう。

 けれども、彼の努力は「自分がすでに知っていること」を

他者のパロールのうちに「再発見」するためにしか

行使されない。それは独学者は「他者」をしらないからだ。

 
  (内田樹『他者と死者―ラカンによるレヴィナス海鳥社


    ※双数は単数・複数形とは違い馴染みがないかもしれない

    たしか、サンスクリット語にはあった。    



 

 独学者ebaponは「他者」をしらなかったのか。





 





 キェルケゴーリアン釈徹宗さんとあうまでの一ヶ月

 
 ebaponはひたすら、キエルケゴールの本を読み続けた。




(写真は、キェルケゴール『反復』『不安の概念』、口絵は『死に至る病』から すべて岩波文庫